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日記

X JAPAN Tシャツ。〜ライブの思い出〜【日記】

投稿日:2020年9月18日 更新日:

以前、村上春樹さんの「村上T 僕の愛したTシャツたち」というエッセイを読んで、わたしもマネしてTシャツを紹介しながら思い出話したいなあとおもっていた。

なので今日はなつかしの、X JAPANのライブTシャツをひっぱり出してきて、ライブ思い出とX JAPANの1番すきな曲について話そうとおもうよ。

早速、そのTシャツというのがこちら。初めてX JAPANのライブにいったとき買ったもので、もう10年以上前になる。

さて、X JAPANはわたしにとってクラシックと同じくらい心のより所で、特に高校・大学時代は毎日のようにきいていた。

好きになったきっかけは高校入学前の春休み、姉に誘われていったこの初ライブだった。なつかしい。

2008年、東京ドームで行われた3日間連続ライブの1日目。実をいうと、このライブ自体にそんなにいい思い出はない。

あの日は開始が1時間以上遅れて、雨のなか、演奏開始時刻になっても会場にすら入れず、外ですし詰めになりながら突っ立ていた記憶がある。

あの時はもう中止になるのかもとおもったな〜。

そして肝心の演奏も、当時はよくわからなかったのだけれど、ボーカルのTOSHIが洗脳から完全に抜けておらず、声がつぶれて不調だったことに加えて、ドラムのYOSHIKIが倒れてライブが終了して、なんというか、うーん消化不良で終わってしまったというのが正直な感想だった。

それでも、このときの異様な熱気は小さなトゲが体に刺さったかのようにじわじわとわたしをうずかせた。

そして体の奥に入り込み、あたかもそれが初めから体の一部とだったかのように新しいわたしを作り上げたのだった。
そう、、、このライブを境に、当時15歳のわたしは、X JAPANを狂ったように聴きはじめるのである!

初ライブで演奏されたART OF LIFE という曲がある。約30分の大作で、わたしが今一番好きな曲だ。制作期間は3年以上で、オーケストラと共に交響曲のように編成されている。

ロックとクラシックが混ざった、不思議な曲である。途中のピアノソロの部分は初めてのきく人はきっと驚くとおもう。わたしは今は好きだけれど、初めはきくのが辛かった。

作詞作曲は、リーダーでありドラム・ピアノ担当のYOSHIKIで、この曲はYOSHIKI自らの半生を映し出している。

10歳のとき父親を自殺で亡くした彼は、常に死とは何か考えてきたという。ここから少し重い話になる。

父親の、理由もわからない突然の死を、小学生だったYOSHIKIは受け入れられなかったそうだ。
本来なら将来に夢が膨らむはずの幼いこどもが、2階から、橋から、何度も飛び降りようとする。

死に方についての本を読みあさり、おだやかに死ぬ方法はあるのか、一体どういう死に方がベストなのか探し始める。

それがどれほど切ないか。きっともう自分自身では止められなくなっていたのだと思う。彼はそうやって幼い頃から死と向き合ってきたのである。

ART OF LIFE の歌詞の前半は苦悩に満ちている。今も悲しみが心をえぐり、たまらず吐き出すように言葉が口をつくのだろう。それでも後半には、葛藤しながらも生きたいと叫ぶのである。

死にたい、でも生きたい。深い闇に落ちたとき、光は強く映る。闇なしに光は語れない。

矛盾する感情を抱えて、もう明日はないかもしれないと思いながら、彼は命がけでドラムを叩くのである。わたしにはその極限の姿がどうしようもなく美しくみえる。

この曲をきいていると、ART OF LIFE という曲名そのままに、まさにYOSHIKI の人生、生き様そのものが芸術なのだとよくわかるのだよなあ。わたしはきっと一生この曲をきいていくのだとおもう。

なんだかごちゃごちゃ書いちゃったけれど、音楽は、きいてみないと良さはわからないとおもってるので、もし曲が気になったらぜひきいてみてね。

もう、あの初めてのライブから12年。あれから何度かX JAPANのライブに行ったけれど、次はいつ行けるかな〜。

WE ARE X

YOSHIKI/佳樹

洗脳 地獄の12年からの生還

兄弟 追憶のhide

読んでくれてありがとう。またね^-^

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